リュベロンより 2

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    すっかり間が開いてしまいました。その間に桃の節句も終わってしまいました。私はいつものように、幼なじみが手作りしてくれた兎の雛を飾りました。いつもの事ながら、もっと早く出して長く飾りたかったと思うのです、仕舞いながら。そうしたら九州のほうのお友達が、私は和暦なのでこれから出して四月三日に仕舞いますよと教えて下さり、密かにまた飾れると嬉しく思っているところです。海外生活で日本の気配が恋しいということで、あるいは人形離れしていない女児と言うことで、二度祝いを許していただこうかしらと。

    リュベロンのお話は、
    続編を書くと言うよりも、長い文章になってしまったので半分にして前半をアップし、後半を残したの過ぎなかったのですがとても忙しかったこと(これからの一か月はまた南へ北へ、家で眠る日がとても少なそう)、もともと自分の文章は見れば見るほど(時間が経てば経つほど)手を入れたくなり、どこかで目をつぶり終止符を打たないとアップできないきらいがあります。

    大井町の叔父が、日本語は美しい、外国生活で日本語が恋しかろう、日本語の美しさを忘れぬようにと、小包に沢山の詩歌とともに、一冊の本を入れて贈ってくれました。竹西寛子氏の「詩華断章」、厳選してくださったとおもいます。有難う。

    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー リュベロンより

    南仏プロバンス
    プロバンスは私の初めての海外の旅の行き先だった。新しいパスポートでパリで乗り換えニースで降り、手配してもらったお迎えの車に案内されまずニースのホテルに止まり。電車に乗って移動しながらいくつかの目的地を目指した、アルルにも二泊か三泊。画家たちの足跡をたどり。そしてある物語からも感銘を受けていつか来てみたいと思っていた、それはジャンジオノ(Jean Giono)著作といわれる「木を植えた男」(L'Homme qui plantait des arbres )で、私が出会ったのはまずフレデリックバック(Frederick Back) によるアニメーションフィルムだった 。後に母が、書籍で見つけて買ってくれた。いまとても再読したいのは、日本に置いてきてしまったその本。

    その物語に出てくるリュベロンは、(私が旅した20年以上前の当時は)車や案内なしではなかなかたどり着けないところだった。だいたい、あの辺りにあの物語の街が在る、と漠然と覚えているくらいで名前も忘れかけていた。夫の良き友人であるダヴィッドはまさにプロヴァンスの懐であるリュベロンの、さらなる深い懐、とりわけ古く美しいラコストの町に生まれたという。私は日本でもフランスでもあまりテレビというものを見ないし雑誌もほとんど手に取らないので、今ではテレビでも放映されツアーもあり日本人が沢山来るというそのあたりの街の名前もいままで特に知らなかった(シーズンには観光の大型バスが渋滞するという、想像ではそれはあまり美しくないかもしれない)。彼の今住んでいるところが、その自分が行きたかった場所だと気づくまでに、実はちょっとした時間がかかった。彼はとても控えめで、自分が住んでいる場所が風光明美な地域として名高いというふうには決して表現しなかったし、夫が山間の村だけれど有名なデザイナーやアーティスト、映画監督などセレブリティたちが大勢住んでいるところだよ、といったときも、あの物語のどんぐりの森から生まれた泉の街とは印象が一致しなかった(あれは確かマノスクのあたりではなかったかしら)。

    リュベロンというのは地域一体の名で、リュベロン山脈を中心にして南北に個性的な村々が貴石のように点在している。小高い山々があり、多くの村はその頂上に異なる風格をたたえて聳えている。どれも美しい石造りの古い街で、その小道は迷路のよう。それぞれ産出される石の色も素材も違うようだ。ある村はイタリアのアルベロベッロに見るトゥルッリのような構造の風情かと思えば、ある村はシエナのように赤く(ルシヨン)その土は最近私の好きなオークルを産出し、ある街はまるで空中の城塞都市(ゴルド)である。撮影の多くは地域の中心の街アプトだったといえるかもしれない。あまり公表したくない隠れた絶景ともいえるに違いない場所も、さすが地元育ちのダヴィッドは自分の映像作品の為に厳選していて、皆で機材をもって雪路を登った。そういう街は皆どこもかしこも美しい、そんな場所だった。(現在製作中)

    ところで丘の上に聳える砦のように石の街を作るリュベロンの気配は、クレタびどの街のつくりかたによく似ていると思った。ここにみたヴォーリという礎石づくりの建築技術は、南イタリアのトゥルッリに似ている。とはいえ南イタリアと言うのは場所によってはかなりの割合でクレタ人(ギリシャ人ではなく)の末裔だ。彼等は山間の高いところにミツバチが巣を巡らすように街を作り、そのリズムが遠くからの眺望でみるとなんとも言えない独特のリズムで並ぶ。
     
                        ☆

    こちらの友人にリュベロンへ行ったというと、にわかに華やぐ。基本的にノルマンディーの友人は、ブルターニュ以外はそれほどフランスの他の地域へ行きたいとは思っていない印象で、「南仏(ミディ)」といってもプロバンスといっても、反応は普通だった。でも「リュベロン」という言葉にはなにか素敵な魅力があるかのように、、、「リュベロン? リュベロン? あらいいわねリュベロンに行っていたんですって。え?南仏って、リュベロンだったの? それはきれいだったでしょう〜、いいな、私もいってみたいな。」と。

    リュベロン
    初めての旅以来、長い長い紆余曲折の末に(そう20年もたって)「はい、ここ、来たかったのでしょう?忘れちゃ駄目じゃない。」とでもいうようにその土地に誘れた。
    単に旅人としてではなく友として、愉しみの仕事として、友の友人たちに紹介され、あたたかく家族とその動物たちと友人たちに迎えられて。共になにかを作り、共に疲れ果て、共に寒さに震え、暖かい美味しいご飯に笑い、よそ行きの付き合いをとうに超えて、、、 ハードスケジュールでも、どこか心が充電させられるように。不思議なものだと思った。

    ところで、南仏という言葉の響きからノルマンディーよりは暖かいはずと期待したけれど、ほぼ連日の零下の気温は、同じ寒波に見舞われていたノルマンディー海岸よりずっと低かったので驚いた。でも、古い街での雪景色はとても美しかった。とはいえ仕事ではなかなかハードな状況で、ほぼ連日屋外にいることもあれば、屋内でも雑音を避けるために撮影中は暖房を切る指示が出たり、それが薄着のまま深夜二時まで及んだこともあった。外は零下10度などで、食事の場所にはたった一つの暖炉しかないこともあったかもしれない。私はいろいろかねていたので、服装も監督やアシスタントのようには着込めなかったし。朝は雪の中をあるいて支度をし、出発も早かった。こんなに過酷なことになろうとは、想像だにしなかった。通常なら良く晴れて、昼間は十度を越えている見込みでスケジュールを組んだと言う。帰ってきて一週間は未だかつてないほど酷い咳をして調子を崩していたことは言うまでもない(その後は元気になりました)。

    ユーカリの吸引
    徒歩5分の友人と電話で話すと、そんなもの移らないから籠ってないで遊びにいらっしゃいといわれ、はちみつレモンなど作ってもらい、彼女の私向け定番の一つである手作りチョココーンフレークボールを食べ(チョコレートをとかしてコーンフレークをいれ、お団子にまるめて冷蔵庫で冷やしたもの)、特に精油を調合したアンプル(ガラス製で継ぎ目もないチューブ容器)をもらって帰り、スチームで肺まで吸引したらとてもよくなった。ちなみにこのアンプルの内容は、ユーカリプタス(シネオール)精油250ミリにパイン(松)とタイムとローズマリー精油がそれぞれ50ミリずつ、乳白色に中和されているだけで、ミルクで簡単に自分で配合できる。洗面器に熱湯をいれ、アンプルを割って精油をいれバスタオルで覆い、湯気を深く吸い込めばよい、また外からも湯気を喉や胸にあてる。フランスではcalyptol inhalant(ユーカリ吸引) といって薬局にあるそうで便利、花粉症にもよさそうな調合とおもいます。


    田舎暮らし
    田舎暮らしには、ささやかで大切な仕事が沢山在るとおもう。誰にでも役に立てる仕事のある暮らし。暖かい乾いた日に枝を刈り、皆が落ちた枝や枯れ葉やまつぼっくりをひろい薪に火をつける為に溜めておく。元気な人は働き、誰かが火をつけ家をあたため、火の番をしてくれている。
    雪が降り氷点下になれば池が凍る。池が凍れば鯉が窒息してしまうと、木槌で氷を割ってあげねばならない。放し飼いの鶏が生んだ卵を集める、餌をあげる。雪かきの必要な範囲も広い。薪を割る。畑の仕事も、給水も、サステイナブルな(持続可能な)暮らしのための機器のメンテナンスも大変だろう。薬草をあつめて乾かしたり。氷点下十数度で外の水道管は凍るので、管をあたためて水を通す。このような広い田舎屋はやることが沢山あってお客としてもすぐに役立ち、家族が互いにとても大切な必要なスタッフで、年老いた家族も子供も、皆を健康に活動的に生かしてくれると想わされた。


    経済的に豊かだからではない。
    監督のアトリエ(撮影スタジオ)では、とても広い空間で断熱が充分でないかわりに、世界でもっとも空気を汚さないタイプの大きなストーブが設置されていた。薪ではなく、その為の特別なエコ廃材燃料のようなものを大袋で買って燃やしていた。環境にいいとはいえ、これはちょっとした費用と手間だと見えた。これも二人の意向だそう。
    決してお金持ちのお話ではない、普通の生活。奥様は公共機関にお努めもし、子供の朗読会も行ない、市のいろいろなイベントも催し、ご自身はアマチュア歌手でバンドを持ち毎週練習もする二児の母。映画制作者であるご主人が撮影に入ると、そのサウンドや(機材を使える)役者さん達の食事手配までサポートし、仕事の休日はすべて現場に同席している。そんな最中にお友達のお誕生日会に出かけたいという子供の送り迎えをし、深夜に明日の子供の学校の為の体操着を乾かし連絡帳にサインし、精一杯。子供は学校へ行くのに、7時前に家を出る。こんなときはお父さんもお母さんも忙しい、子供は自分でお湯を沸かし朝ご飯をたべて出かけていく日もあった。
    クリエイティブな仕事で独立してアーティストステイタスで生きるという事は人様のほぼ倍くらい税金を払うこと。それは収入のほぼ半分にもなり、いまの日本の感覚ではちょっと想像できないものだろうとおもう。仕事がなければ人の半分程度の保証しかないようなものでパッションがないとできないし、愛情や理解がないと支えあえない。「でも生活が辛い時でも同じだよ、環境によくないものは選ばなかったよ。自然にずっとそう、二人とも。もちろんだよ、大事な事でしょう?」

    ベロのオーガニック料理の格別なおいしさ、その土地の素材の素朴さ、消化に優しい配慮。地域の農家さんの共同の販売所で買う。チーズも遠い土地のものを買っていない、土地のヤギのチーズだけが並びそれを美味しくいただいた。とても限られた種類。オーガニックなので大きな冷蔵庫を安かった物で大量に溢れかえらせていることもない。こういう食卓は地域の環境を護るのだろう。過剰包装の物を買いたくないというベロは、私や、私の育った環境をつくった母にも似ている。エネルギーは量ではなく、質からくると実感できる。庭の鶏の卵が大切に籠に並んでいて、それを頂戴する時にはなにかとても有り難かった。なんと濃い色と味であったことだろう。
    生ゴミはいくつかをのぞいてたい肥にするために分けながら料理した。これも、私の実家も同じだ(実家は洗濯機のように土(微生物)を循環させている機械、出来たほかほかの土は庭やプランターへ。日本でもこのような機械を買う時は市から補助がでますね)。



    単に運が良かったのでもない
    「僕らはもともと小さな街の、そう、パン屋とカフェしかないような街の一角に住んでいたんだ。ぼくは南米など沢山旅をし大きな街にも住んだけれどね、その果てに自分の街へ戻り幼なじみの彼女と一緒になることになり、結婚して自分の生まれた街に住んでいたんだ。僕らはとても大変な時期もあったよ、それは。でもある日、仕事で出会ったある有名な資産家が何度か家へ訪ねてくるうちに、僕らの家を気に入ってどうしても家を譲ってほしいと言いだした。それで、ここはこだわらずに彼に売って、田舎に住みたいねと意見が一致した。もちろん交渉をしたし、いろいろと単純な話ではなかったわけだけれど、でもあの街のあの家に対して十分すぎる金額で買ってくれたと思う。それがなかったら、ここには来れないよ。」

    私ー そんな話もあるのね。でも、その家に、誰が住んでいても同じだったわけではないでしょうねきっと。あなたが例えば単にやり手のビジネスマンで、自分の成功と家族の生活の豊かさだけを考えていたら、彼の申し出は同じではなかったでしょうね。生き残ることが厳しいアートの分野で、不安定でも家族と支えあい、いい仕事をしようとしている青年に対してこそ、だったのかしらね?

    「もちろんだよ。彼はもっと交渉を続ける所を止めてこういったんだ。僕はこれだけ払う、君にいい作品を作ってほしい。いい仕事をしようとする君への投資のつもりだから忘れないでほしい、といった。僕らには充分な、思いがけない吉報だった。運が良かったよね。」

    私ー 運が良かっただけではない、いいお話ね。

    「彼女と僕は、本当に大変な想いをしてきたんだ。僕の家族もね。辛い話が沢山在る。祖国での祖父母や代々の話は、もう毎回涙なしでは聴けないよ。でも、皆いまはパリなどで充分に幸せに生きている。いろいろ危機はあっても、なんとかなっている。人生は僕らに親切だとおもう。」



    ベロニカの話。
    「私は一度もこの土地を離れたことがないの。幼なじみは例えばアビニヨンやマルセイユ、ニース、それからパリへも散らばった。ダヴィッドはいつも遠くへ旅をして、村の誰も話さない事を話して、誰とも違い、魅力的だった。でも私はここを離れたいとおもったことはないの。父は農業をしていてね、弟もオーガニックの農業をして、街のマーケットで売っている。農業をしていることに弟は本当に満足していて幸せで、一度もやめようとしたり、土地や土を離れようとしたこともないの。もう結婚して子供も居るのよ。いつも素朴な暮らし、自然と調和できる暮らしが大好きなの、家族みんな。街もよかったけれど、私は、木々に囲まれていないと駄目なのね。
    本当は車の使用頻度には納得できないけれど。仕事は近くの街まで行かなければならないし。何を買うにも車が必要。
    ここの土はクレイが多すぎてドライで難しくて、ダヴィッドが土作りにもう3年もかかっているの。でもそのうち野菜ができるようになるわ。ノルマンディーはいいわよね、きっと植えればすぐに野菜ができるでしょう?(それほど簡単でもないけれど、、!確かにそれほど困難でもない。)
    そう、あなたが眠るあの小屋はね、弟の友人が、すべて天然の素材でつくる六角形の家の大工を初めてね、その第一号として注文して、あそこにたててもらったの。なかなかでしょ?」

    「、、、、瞑想小屋か。贅沢だな。」そう感じて滞在していたクリスタルボウルのある小屋は、良い仕事をしようという若者に、経験と機会を与えようと投資して完成したゲストルームだったのでした。
    ベロは実はアマチュア歌手で、ある晩お願いしたら、ダヴィッドのギターを伴奏に、素敵な声でスペイン語で唱ってくれた。スペイン語がきれいな響きだから好きなの、というベロ。友人とバンドを組んでいる。とても素朴で、飾り気がなく、自分の好きなものがはっきりとしていて、それを手にしている彼女。


    最期に。
    監督が車のなかで話していた言葉をご紹介して終わりにしたいとおもう。

    「実は僕はね、いままで一度も鶏を絞めた事がないんだ。数年前に此処へ来る前は庭のない街の家に住んでいたしね。だけど、家にもう年老いて卵を産まなくなった雌鳥が居るんだ。あれをなにかの折りには締めようかどうか時々おもっているんだよね。僕らは、、、家内が野菜やまめ料理の菜食がとても上手なので、、、そんなに沢山お肉を食べない方だけれど、やっぱり僕はお肉は好きで必要で、食べる。
    でも子供も含め、いまひとつ生命を感じずに食べている気がする。絞めるのはかわいそうだけれど、残酷だけれど、生命が生命を犠牲にして生きているわけだろう?食べる以上、それをきちんと実感していただくべきだろう?
    ぼくが小さなころおやじは鶏を締めていた。それを見たから、自分でやってみようといつの頃からか思っているんだ。この手で。赤い血をみて、そうやっていただくんだ。どうだろう、できるかな。南米のシャーマン達はそのようにして僕を歓迎してくれた。そのスープはまさに、なにか肉以外の、たとえば靭帯のような歯ごたえも感じるおどろおどろしい物なのだけれどさ(笑)、うわぁ〜とおもって食べたわけだけれど、そういう姿勢でいただくことは、大切なことだと思うんだ。生きているものによって、僕らは生かされているのだから。」


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