かたつむりの歩み

0
    過去の日記よりひとつ、公開することにいたしました。みなさんの心に届きますように。
      
    2006年4月29日    

    「ある雨の朝に思ったこと」

    朝起きたら、雨だった。
    静かな朝。きっと近所の路地にテーブルを出すタベルナが開いていないからだ。ブズキの音楽がない。 通りのむこう、広場のむこうに、高さ20メートルほどの石の砦が聳え立つ。たそがれ色のその石は雨の中、ますます深い飴色に染まっている。

    砦にはいつも、はしごをかけて金槌でキンキン、トントン、と石を一つ一つたたいて、もろいところを見つけては杭を打ち込んで直している人がいる。 だれも働いていない、散歩の人も少ない雨の朝、今日もその音がわずかに聞こえた。 足をひきずって歩くおじいさんのあしおと、仕事へ急ぐ女性の早足、旅行者のスニーカーのリズミカルな足おと。 雨のせいで、濡れた石の街により高く響いて聞こえる。


    仕事には、大きく分けて、二つの種類があるとおもう。ひとつは、「ここ」というときに精一杯働いて、そうでないときにはひたすらゆっくりできる仕事。観光地にはそういう仕事が多い。もうひとつは、淡々とカタツムリのように進んでゆく仕事。 私の目の前で、ハンマーでこつこつと城壁をたたいている人のような。調度カタツムリの殻のようにゆるやかにカーブしてぐるりと登ってゆく城壁を、すこしずつ右から左へ日々進んでゆく、、、。
    いつも同じ場所に、いつも同じ色のかばんと上着をおいて、同じ場所で同じ時間に、同じほうをむいてお昼を食べている。 コンコンコン、、、コンコンコン、、、。こんな仕事もあるのかと、驚くほどのんびりとしたその歩み。それなのに、はっと気づくといつのまにか遠くまで行っていて、膨大な量の仕事を終えている。
    雨の中も、歩み続ける、、。


    ロードス島ですこしのあいだ、カタツムリの歩みの仕事をしたことがある。
    いろいろなことを考えた、こんなことに時間を費やしていて大丈夫だろうかとか、お財布の中も自分の将来も心配した。自分の人生に起こったいろいろな事が頭に浮かんでは消えて行った。やがて全く何も考えない空の時間があった。そういうときは、ただ手の動き、描き出す線に集中していて、高揚感すらあって、いい線がでてきて満足だった。
    これはいい、と思った。メディテイティブというか、セラピューティックというか、ほぼ瞑想状態で長い時間をすごし、それが収入になった。
    そしてたまにはおしゃべりをした。いろいろなことを感じた。そういう時間に感じたり、思いついたものは、不思議といつまでも鮮明で忘れることがない。

    生活のために何をしてもいい、でも一生のうちほそぼそとでも、すこしづつ毎日ずっとつづけてゆけるなにかを持つことは、きっと人の幸せであるに違いない。
    きっといつか、自分でも驚くようなところへたどり着いて、よくまあこんなに歩いたものだと眼下の景色を見下ろすときが来るにちがいない。
    カタツムリの歩みの中では、どんな世界が見えるのだろうと考える。たぶん、ずっと深く広い世界があるのだ、きっと。
    なぜ私は、ゆっくり歩くことができないのだろう。ゆっくり歩こうとするととまってしまう。眠ってしまう。惰性や勢いで早く歩くほうが簡単なのだ。飛ぶことだって、そう難しくはない。だれがどんなに驚いたって、私は簡単な歩き方をしている。とりわけやさしい道をすぐに選ぶ。そう思う瞬間。ひと月ぶりの、雨の朝。

    こんな風に、頭の中がカタツムリでいっぱいなのは、クレタはこの時期、実際にカタツムリが一杯で、野原も、海辺もすわろうとおもえばカタツムリが一杯で、市場にも売られていて、キャベツをかっても、ねぎをかっても、レタスをかっても小さなカタツムリがついてきて、冷蔵庫をあければカタツムリがいて、花を生けたら、翌日かたつむりがはっぱにいて。。。
    そんなふうだから。。

    そう、ときどき私たちは、できる限りゆっくりと丁寧に歩むことで、よりよい行ないができるではないかとおもう事がある。自然をまもったり、自分たち自身をまもったり、バランスを取り戻すことができるのではないかとおもうのです。
    なにか重大な活動をしなくても、大きな変化を成し遂げなくても。

    ただできる限り、ゆっくりと丁寧にあゆむことだけで。

    わたしたちがゆっくり歩くことで生まれた時間のなかで、あとは大自然がその力のうちに残りをフォローしてくれるような気がするのです。




    クレタ島 ハニアにて




    (このブログの文章のコピー、転載、引用は固くお断りします)

    蜜蝋、蝋燭にまつわる話。  〜ギリシャとフランスの生活から〜

    0
      蜜の香り
      ギリシャ、クレタ島のオーソドックス教会の蝋燭屋。

      最も一般的な七寸位の物から、一尺位の物までパイプオルガンのパイプのように順に並んでいる。ギリシャ正教会では祭壇に灯す蝋燭というのは、蜂蜜色か黄土色で、蜜蝋が使われており良い香りがする。

      養蜂が盛んで、昔ながらの素朴な暮らしを守るギリシャでは、蜜蝋の蝋燭は私たちが考えるよりほどには贅沢ではなく、寧ろ自然なことなのかもしれない。正教徒であれば、あの蜜色の炎と甘く沈むような蜜の香りでなければ、深く祈れないのではないだろうか。ゼウスですらクレタ島の洞窟でアマルティアの山羊乳と蜂蜜、メリッサで育ったのだから。ギリシャにいれば蜂蜜そのものが信仰の象徴のような神聖な存在でもある。

      いつか、東京でお盆休みもとらずに仕事をしていたとき(そう、フランスのエッセンシャルオイルやフラワーウォーターを輸入紹介していた)、秋になってギリシャへ休暇を一杯に使って行ったことがある。ふとクレタの奥深く、その懐に抱かれた洞窟までその旅で知り合ったばかりの友人と行った。ゼウスが隠され育ったその洞窟は深く大きく見事な鍾乳洞で、真夏でも肌寒いほど。まるでそこに住めそうな地下の美しい神聖な空間で、なにか体も心もすっきりと洗われるように感じた。そのときの彼女とは、すでに10年を越えて続く旅の親友になった。たった一人で旅が出来る、一人を愛することができる物同士の関係は、互いに依存しないので疲れず、壊れる事がない。本当に相手を思え、自分を大切にすることもできるからだろう。
      共にいられる時間を精一杯受け取り愉しみ、分かれ道が来たら一緒にいた時間を惜しみながらも抱き合い、送り出す事が出来る。そしてまた再会する。

      旅の仲間にもいろいろいて、一年を越える長い旅の始めから終わりまで一緒にいるカップルも結構多い。そのなかでもインデペンデントなタイプが在り、絶対に一人で歩く者と、私のように時々二人にもなることはありながら、一人で眺め歩く時間もとても必要でこよなく愛しているタイプが在る。私は、よく惚れ込まれ、一緒についてくるというタイプに苦労した。それで、一人で旅ができるインデペンデントとしかつるまない、というモットーが出来た。
      長い旅の途中でツレができても、依存するタイプやべったりで窮屈なタイプは旅が楽しめなくなり色あせ、すぐに別れたし、旅の最後は「あなたと一緒のときだけではなく、自分の旅の最初からすべて振り返るように最後の街にたどり着いて終えたい、最後は一人にさせてほしい。」と、ついてくる事を許さずに別れたこともある。長く人生を分つことを一度でも誓った夫婦でもなければ、とても自然なことに思える。けれど、そういうことをあっさり言って、アラブ圏へ向かう長距離バスに乗り込む日本人女性は少なかったかもしれない。


                                ☆


      蜜蝋の蝋燭は、蜂蜜のように甘くて暖かなご加護の香り。心が和み、古い小さな教会を思い出して敬虔な気持ちになる。あのあたりの古い教会は、ボールトの屋根か、ハマムのような丸屋根で、中は洞窟教会のような濃密な空間に蝋燭の細い蝋燭の光と、乳香の香りが漂う。立派なステンドウ・グラスや銅像や、見事な柱や建築のように目を引く物はなにもなく、教会のなかでもっとも明るく目がいくのがこの小さなみつろうの蝋燭の、黄金色の眩しい明かりだけ。沢山の人は入れない。ただ一人一人が祈るため。私はそういう教会が好きで、それらはむしろチャペルとよばれるかもしれない。



      フランスの蜜蝋の蝋燭

       今ここにある蜜蝋の蝋燭は、南仏プロバンスのリュベロンの鷹巣村、ゴルドの特産物店で買ったものでもう終わりに近い。一月には雪化粧が美しく、三月に行った時は晴れていたとはいえ身を切るようなミストラルに吹かれた村だ。夫とディレクターがちょっと15分撮影してくるといってビデオカメラを持って居なくなった、その撮影が終わるのを待って歩いている間に飛び込んだ店。
      あんなに恐ろしい突風はフランスでは後にも先にも経験した事がなく、耳も頬も痛くて五分と歩いていられなかった。一体何事かと聞けば「よくあることだ」と平然と答えた女主人。日本人環境客と思われたのだろうか。なにか他にも聞いたのだけれど、会話は続かなかった。夏に日本人の大型バスが沢山来るというだけで、なんという素っ気ない対応だろう。彼女の口数は少ないのに、狭い店内には日本語の張り紙や説明書きが沢山あってお商売熱心であることに少々興ざめし、外国人観光客向けのお土産物屋なのだなあ、とは思ったけれど、これ以上外を歩けないのだから仕方がない。沢山の絵葉書などと一緒に買った蝋燭だった。けれど、そこで買った蝋燭には重宝し、絵はがきも気に入っているし、意外に安価だったと思う。

                            
                               ☆



      クレタ島の昔ながらのてづくり蝋燭は長い紐(芯)を二つに折り、両端から蜜蝋に漬けて作られていることが多く、根本が太く先が細く、二本が繋がっている。
      まぶしい黄金の光と、独特の蜜の香り、その貴重さが時間の密度を濃くし、過ぎ行く一瞬一瞬に注意深く向かい合え
      るようにしてくれる気がする。



      先日、ここノルマンディーのマルシェの蜂蜜屋が、大きな蜜蝋の塊をいれた籠を置いていた。10キロは在りそうだった。これは売るのか、それとも飾りだろうかと聞けば、飾っているのだけれど、売ってもかまわないという。次回切ってくるからと。不純物が混ざってるね、といえば、何にするのかと聞く。
      家具や皮のクリーム(シール)にするなら、ここに自分がつくったものがある、と手前の瓶の蓋をあけて鼻先に差し出して、私に匂いを嗅がせた。レツィヌ(松やに、ギリシャ語)が入ったようにスッとした、悪くない香りだ。純度が高くすごくいい、という。だけれど先日、革靴や革カバン、革イスの為に使う既製品のシール(蜜蝋クリーム)を買ったばかりだったので「いまは在るから、ひょっとしたら次回に。私はメディカモンをつくるのよ、精油をいれてね。」といって、どんな奇異の目で見られるか、あるいは普通にうけとるか、蜜蝋を眺めて反応を待った。ああ知ってる、使えるよ、濾せばいいのだという。確かに、蜜蝋自体がアンチバクテリアで、内服する訳ではないからいいのかもしれないと、合意した。

      「じゃあ、まずは一キロいただいてみようかな。」
      「来週かわからないけれど、その次かもしれないけれどまた来た時でもいいのかしら?この街の住人だから。」
      それならかまわないよ、測って切って、削ってここに持ってきておくから、という。
      塊より、削った方がいいだろう?溶かすんだろう?というので、そう、確かに削ってきてもらうと助かるというと、お易い御用だという。親切な人だ。


      これで冬の軟膏もいいものを作れそうだ。日本では青山で市販の商品など買っていた。でもこれなら、ミネラルもビタミンも良質で含有量が高いだろう。手足用や、リップクリームもケースにいれて作る。
      この冬は久しぶりに母にも送ってあげられそうだ。酷いひび割れにとてもいいみたいだと言ってくれたのに、ここでは商品化された精製蜜蝋がないからと、結婚して以来手作りを送ってあげていなかった。なにより、自分自身もそろそろ、蜜蝋くらいしっかりしたお肌のガードが必要と感じるのでした。


      現代ギリシア詩集

      0
        昨年、11月末頃だったかと思う、ポストに思いがけない小包がはいっていた。
        調度、出がけにポストを覗いて見つけたので、そのまま手にとり歩き出しながら封筒を眺め、足を速めた。最初の用事が一区切りついたところでカフェに入り、クト−(テーブルナイフ)を借りて封を開いた。そこはビストロではなくカフェだったので、そのナイフはいやに大きめで鋭く、おそらくカウンターでレモンをスライスするナイフだったのではと思う。
        雨の午後で、窓からはトゥック川の向こうのドービルがかすんで見え、渡し船も出ていなかった。

        出てきたのは、一冊の書籍。
        まるでギリシャの島々の早春の野辺に、絨毯のように広がるカモミールの芽のような若草色に、優しい色の美しい絵画(イドラ遠景)の装丁(いい絵だ、絵を見ていると心が見えるよう、かの地の童心が)。久しぶりのギリシャ語が目に飛び込んできた。

        「現代ギリシア詩集」東千尋 編訳

        帯の言葉
        「ギリシャとは何か?その想い問いかけに向き合った詩人たちの強靭さと多様さ。本邦初、近現代ギリシア20人の作品を収めた本格的アンソロジー」

        帯の美しい水彩画(と思われる)の鮮やかさ、フォルムと鋭い色彩感覚に心を惹かれた。見れば、
        詩人オディッセアス・エリティスの画文集よりとある。エリティスが絵を描くとは、、私は全く知らなかった。
        、、、、詩人の絵。 詩的だ、、、。 そんな、理屈で言えば当たり前かもしれないことに、妙に感じ入った。

        発行は2011年11月15日。土曜美術社出版販売。
        巻末に現代ギリシア詩小史を書かれている、茂木政敏氏が早々に送って下さった。

        西の果ての漁港で、あらためてカヴァフィス、エリティス、リツォス、セフェリスに、美しい翻訳であらためて出会う。その他多くの詩人にも新しくであい、次から次へとページを繰っては、感慨に耽る。

        体温を感じるように美しい母語の翻訳を通して読み、ああこの詩はこのような優しい語りであったかと心を打たれ、様々なことがあった一年の末に、励まさせるように共感するように、またあるときは優しい言葉に抱かれるようで、目頭が熱くなる。ギリシャ詩の海の中に沈み込んでゆく私への、カウンターに集う人々の視線を時に感じつつ顔を上げられず、遠ざけて置いたノワゼットも半分飲んだきり忘れ去られ冷えていた。

        私の現代ギリシャ詩との出会いは、クレタ島で生活していた頃、ある晩やりきれない気持ちを抱えて一人でバーに入り、松脂入りの葡萄酒を飲んで音楽をひたすら注文し続けていた晩(そのようなことは後にも先にもそうそうなかった)、この詩を探して読めと、ある人に贈られた一編のカヴァフィスを英訳で読み感銘を受けた事に始まる。そのあとで帰国し日本語訳、今ではときおりフランス語訳で読んできた。もちろん、ギリシャ語の書籍も手もとにはあるとはいえ、原語はどれだけ努力してみても、結局は眺めている宝物に過ぎない。
        「ギリシャ語を自分で勉強して、その土地柄や言い回しまでわかるようにいならないと、詩はわからないものだよ。」私にギリシャ語を教えてくれていたエリティスが好きな友人はそういった。
        それは、とても筋が通っている言葉で、果てしなく長い道のりに感じた。
        それは、とても無理なことに感じ、そして同時に多くのギリシャ現代詩に私はいままで、とても勇気づけられてきた。(その二つは、厳密に言えば矛盾しているのだが。)
        それがどうだろう、今、こうして手に取るように、こんなにも親しげに語りかけてくれる。

        ここの街の漁師たちの船に、ギリシャの苗字をみかけることがある。
        この街のカフェで飲んだくれて酔っぱらっていた男が、何杯目かのお酒の注文でカフェの若い女主人に追い払われ、口論の末「わかったよ、わかりましたよ。」といって去っていった。その最後に「わかったよ、出てくよ」と私の横を歩きながら小さくつぶやいた言葉が、ギリシャ語であったことに気付いたこともある、彼がもうだいぶ遠くへ去ったころに、ふと。彼の祖国であれば、男が一人で酔っぱらっていることはないだろう。そこには必ず友が在り、仲間が在り、詩や言葉があり、あるいは彼がよそ者でも、なぜお前はそうも酔っぱらっているのだと好奇心をもたれ、語り、しまいには謳い踊り、ときには共に涙し想いを共有して家路へつくことの方がほとんどだろう。
        あの日、私がバーを出た時には、数人の仲間が出来、美味しいものでお腹を満たされ、励ましの言葉に心もみたされて数人で店を出たように。
        (ここフランスでは法的に違法なのである、ひどく飲んで酔っているらしい人にはそれ以上お酒を与えられない。酔ってしまった当人もその周囲の人も護るためで、なにか事故があれば法的にはすべてオーナーの責任になる)

        私の話はさておき、、、書店ではぜひ手に取ってみていただきたい。
        すばらしい詩人や、ギリシャの根底、縁の下の力持ちになってきた詩人たちの心を感じることができるかもしれない。(そう、詩とは、肌に纏うその日の衣装や香水のように、必要なものとしてギリシャの日常の中にあり、読まれ、語られ、贈られ、愛されてきた。)今ギリシャと、日本の産みの苦しみの中で、そしてかつての度重なる災難や苦悩を立ち上がってきた詩人たちの、その言葉が響きあう気がしてならない。この本に選ばれた詩編の選択の中にも、励ましや勇気、慰め、分かち合いを感じるのは私だけだろうか。

        茂木氏は東北の震災からさほど遠くないところにお住まいで、不安定な状況下もギリシャ現代詩の日本への紹介一筋に献身されている。共訳に 「カヴァフィス 詩と生涯」ロバート・リデル 茂木政敏・中井久夫訳 (みすず書房 2008年2月22日発行)

        最後に、ご紹介します。

        ヨルゴス・セフェリス より
        「サントリーニ」   訳 東千尋 

        身体を傾けてごらん、できるなら、昏い海へ向かって
        沈没した、他の人生に
        きみの眠りを踏み付けた素足のうえの笛の音を忘れて。

        書いてごらん、できるなら、きみの最後の貝殻に
        その日付けを、名前を、場所を
        そしてそれを海へ放り、沈めてごらん。

        ぼくらは裸で軽石の上に立っていた
        浮きあがる島を見つめながら
        赤い島々がかれらの夢の中へ、僕らの夢の中へ沈んでいくのをみつめながら。

        ここにぼくらは裸で立っていた
        不正の側に傾く秤を持って。

        力の踵、翳りなき意志、計られた愛
        真昼の太陽のもとで熟す計画、
        肩を叩く若い掌の
        運命の道 ー
        散らばったがまんできない場所で
        かつて僕らのものだった場所で
        島々が錆び灰となって沈む。

        崩れおちた祭壇
        忘れさられた友だち
        泥にまみれたフェミックスの葉。

        きみの手を、できるなら、旅立たせよう
        ここ、時の変わり目に、水平線に
        触れた船で。

        骰子が敷石を叩いたとき
        鎗が甲冑を叩いたとき
        眼が異人を認め
        穴だらけの魂の中で
        愛が乾涸びたとき ー
        きみが四方を見まわし
        刈りとられた足をぐるりと
        死んだ手をぐるりと
        昏い眼をぐるりとみるとき ー
        じぶんのものとして求める死を
        きみが選ぶことさえ拒まれるとき、
        きみは一つの叫びをきく
        狼の叫びさえをも
        じぶんのものとして

        きみの手を、できるなら、旅立たせようー
        不信の時からじぶんを引き離し
        沈めてごらん
        重い石を担ぐ者は誰でも沈む。


        「女のひとたち」 
        ヤニス・リツォス  訳 東千尋

        女のひとたちはとても遠くにいる。あのひとたちのシーツは
          「おやすみなさい」の匂いがする。
        あのひとたちは居なくなるのを気づかれまいと食卓に 
          パンを置いておく。
        するとぼくたちは迂闊だったことに気づく。椅子から
          立ちあがって、言うー
        「きょうはたいへんお疲れさま」、「もういいよ、ぼくが灯をつけるから」。

        マッチを擦ると、あのひとはゆっくり背を向け台所の方へ
        去っていく、他人に説明できぬ何かを心にひめて。あのひとの
        背中は悲しみの丘だ、そこには大勢の屍ー
        家族の屍、あのひとの屍、きみの屍が埋まっている。

        きみは聴く、古い床板にきしむあのひとの足音を、
        戸棚で泣く皿を、そしてきみには聞こえる
        前線へ発つ兵士たちをのせた、汽車の音が。



        私のクレタ島の友人のお父様は、革命での活動で捉えられた獄中で、リツォスと一緒だったそうです。(そのために、私の手もとにリツォスの獄中の手記の本があります。)彼女もお父様の血をひかれて、当時はコミュニストグループでの重要人物で、新聞を発刊し、このままではギリシャは倒れてしまう、政府のいうことを信じてついていってはだめだ、と訴え続けていました。それは、2006年のことです。実際のところ、私は彼女と知り合ったことで、コミュニストグループの仲間達に迎えられ仲良くなり、とても助けられもし、よって時には彼等とともにデモ行進に混ざってあるいたことも思い出にあります。
        いつの時代も、いつの国でも、大多数の人々が「この人たちを信じていては自分は生き残れない」という事態に気づく時には、時すでに遅し、なのか。人間は遠い昔から、東西、同じことを繰り返していますが、また同時にそのなかで、美しい詩が紡がれて大切なメッセージが伝わってゆくのかもしれません。

        | 1/2PAGES | >>

        calendar

        S M T W T F S
           1234
        567891011
        12131415161718
        19202122232425
        262728293031 
        << March 2017 >>

        France

        selected entries

        categories

        archives

        recent comment

        • 簡易オイルランプの作り方。五分でつくれる明かり。ーロウソクのない時にー
          naomi (03/14)
        • 簡易オイルランプの作り方。五分でつくれる明かり。ーロウソクのない時にー
          ぎん (02/23)
        • ヨウ素(Iodine) ヨウ素剤について 雑記
          fanayuko (11/04)
        • "Positive" の本当の意味について カモメの街から
          caen (09/21)
        • "Positive" の本当の意味について カモメの街から
          fana yuko (09/09)
        • "Positive" の本当の意味について カモメの街から
          caen (09/05)
        • アイリーン キャディ (フォンドホーン創設者)の言葉
          fana yuko (06/20)
        • アイリーン キャディ (フォンドホーン創設者)の言葉
          takako (06/20)
        • いろいろな道の選び方。 職業仕事、進路。
          ファナ yuko (06/17)
        • いろいろな道の選び方。 職業仕事、進路。
          takako (06/16)

        links

        profile

        search this site.

        others

        mobile

        qrcode

        powered

        無料ブログ作成サービス JUGEM