フランスのフリーの地域看護婦のことなど。

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    Luberon Apt

    ひさしぶりに、徒然に。。。


    いつもならば木々や冬眠をする動物達のように精神活動的になり身体的には充電するはずの冬。そしてその倍ほどに春や夏が活動的になるけれど。今年はマイナス10度15度といういままで経験した事のない寒さのなか、一日中屋外で、ときには浜辺の強風の中数時間、時には雨にぬれて、時には大雪の中で撮影についてまわっているという活動的な、挑戦的な冬だった。 それにつづいて、あちらへこちらへ、出会いと移動の活動的な春だった。

    ひさしぶりにふと落ち着いたので、日本へ帰りたい、どこか休暇を、、と思っているけれど、、、。一度決めかけた事が、決まらなかったかと思えば。

                    

    10日ほど前に、夫が小さな手術をした。GPには以前から大丈夫といわれていたけれど、忙しくない時に取ってしまおうということになった出来物。ほんの数針だけれど意外にも傷が大きくてちょっとびっくり。 位置が悪くしばらくあるいたり重いものをもったりしないようにとの事で運転も無理で、私はお使いですこしだけ忙しかった。
      私よりも夫の方が、ちょこちょこと日々買い物があるのだと痛感。バゲット、タバコ(結婚する前には止めると約束したはずの)、、、云々、そういうものを彼は日頃、散歩のきっかけにして自分でちょこちょこ買っている。


           

    Luberon Lacoste

    ここでは小さな手術は終わるや否や、家に帰される。似たような手術で日本では昔(いまは変わっているはず)数日入院していたとおもう。今回は数針縫っても、その後通院もなければ、抜糸もない。 糸は、自然に溶け細くなり、あとは皮膚が自分の力で押し出す。すごい、とこの目で確認。ギリシャでは、ホチキスのような金属の物で留めており抜く時も金属なので痛がり、その傷痕はひどく残り、素人なのでよくわからないとはいえなんという手粗い仕事かと思った。

    すぐに家に帰り通院もないかわり、看護婦さんが家に毎日来る。その日数はお医者さんがきめている。ただ看護婦さんはきてくれるけれど、何時にくるのか解らなかったので、片づけていまかいまかと待っているのはちょっと落ち着かないもので、食事中に当たってしまったり、毎日となるとちょっとしたイベントで他の事に身が入らなかった。やがて、午前か午後だいたいの時間はわかるようにしてもらった。ベッドへ横になり、ガーゼ交換をしてくれる。簡単な処置で私にも出来そうとおもってしまったけれど、なにか異常があった時に判断してもらえるのだろう。なんでも、本人の意思で自分でできるとおもえば、書類にサインして断れるそう。

    面白いと思ったのは、こちらですべてモノをそろえておく事。あらかじめもらった処方箋をもって薬局へ行くと、ガーゼやテープ、消毒液、指定してあるものを渡してくれるので、それを用意して待っている(家にガーゼや消毒液があっても、指定の物を買う事は必須)。看護婦さんは大きなナースバッグをもってくるけれど、ハサミと脱脂綿くらいしか使わない。なくなりそうな物は買い足すようにと事前に教えてもらう。お帰りになる前に手を洗われ、何で拭いたらいいですか?ときかれたりするので、あわてて新しい綺麗なタオルをお渡ししたり。。。ではまた明日、と車で次の人の所へいかれ、あとは自分で後始末をする。


       
    リュベロンのコクリコ(ヒナゲシ) ダヴィッドとヴェロの庭にて               



    こういう地域の独立した看護婦さんが各市にいるらしく、街のどこかに小さなオフィスがあって、一日に一時間くらいは住人の為の対応でそこに居るとか。車も彼女の自家用車のよう。

    夫は手術をして家に戻ったらすぐに、自分でできるだけ近くの地域看護婦さんに電話をしてアポイントをとっていた。翌日からすぐに来てもらう為で、日曜日も休日もなく二人が交替で来てくれた。その看護婦さんのリストは、薬と一緒に薬局がくれたこの街の医師や看護婦のリストにマークがしてある、、、 かとおもいきや、これは市が発行して市役所や観光案内所で配っている街の観光地図、その裏のお役立ちリストだった。観光地図を薬局が渡していた。メドゥサン(医師)、こういった看護婦さん(アンフェルミエール リベラルというそう)、キネシセラピーやマッサージ師、オステオパス、眼科、などなど載っている。この街にはアンフェルミエール・リベラルは二人居た。何を隠そう街の人口はほんの5000人以下で、そのうち半数はセカンドハウスの住人でここに常時住んでは居ない。面積にしても7キロ平方メートルなので。

    それにしてもなんというシステム。私が来てからこういうことはなかったので、初めて経験。
    本人は入院や、通院や大きめの街への車の移動や待ち時間の苦痛もなく自分の家でのんびりでき、看護婦さんが来てくださる。家族も車や電車で病院へ行ってあげるより楽。用意さえすれば、二人のうち一人が仕事をしていても大丈夫だろう。看護婦さんも、すぐ近所から来るだけ。夫もすぐに歩け外出するようになったので、これは私がここにいなくても大丈夫ということで、それではちょっと、、、とそんなことを考え始める頃、看護婦さんはこなくなってしまった。あとは私が毎日消毒とガーゼを替えてあげることになった。

    それでちょっと膿みが見えると(しまった、、、)とおもうけれど、よくみれば糸を押し出しているに過ぎない。と思う。昨日、「それでこれはいつまで続けて、いつGPに見せにいくの?予約は?」ときけば、もう行かないでこのままだよ、というので驚いた。治るまで自分で続け、何かあれば自己判断でまた予約する。自己判断と行っても自分で見えない位置なので、私の判断ということ。

    看護婦さんは、一週間後に一度見てくれるとか、フェイドアウトしてくれれば素晴らしかった。大した事ではないということなのだろう。何かあればGPへ行く前に、この看護婦さんに見てもらえるといいのだけれど。


    Luberon Saint-Saturnin-lès-Apt

    この街の友人のところにくる看護婦さんもおなじ人だったのかしら。こういう看護婦さんはたとえば病気の人には、大きな病院で検査のあるときなど、事前に朝に注射や処置をしておく必要がある時に来てくれるそう。そういうときも、友人は自分で薬局で指定の注射器や必要な物を早めに買っていた。それが出来ない時に(彼女は一人暮らしなので)、私や友人が薬局へいって買ってきてあげたりした 。誰も都合が付かない時には、お部屋の掃除やゴミ捨てなどをしに週に二度来てくれる地域からのワーカーの方(公共)にお願いするとも。そんな彼女はいまではとても元気で、昔と変わらないようにごく普通に生活している。

    こういう地域のリベラル(直訳で自由主義?フリーの)看護婦さん。
    病院とは一切関係なく、自分のキャビネ(詰め所?オフィス)から巡回している。この街なら二人だけだからきっと小さいのだろう。きっとオフィスも市の所有建物の部屋だろう。ご近所さんを回る訳だし、友人もいたり、知り合いにもなり、年を取れば地域のおっかさんになるのだろうか。日本の地域ソーシャルワーカーさんはこんな感じだろうか?日本の看護婦さんもこんなふうにリベラルで地域のキャビネに直接登録して働け、 本人から選ばれて直接連絡をもらい、それでいて病院やGPやスペシャリストとの連携の一環で、処方箋に従う 国民健康保険範囲内の(ビフォー&アフター)ケアとして書類処理され国から収入を得たら、きっと働きやすくお互いに良いことではないかと思う。

    最後に、この小さなオペに関しての飲み薬の処方は、痛み止めのみ。抗生物質は一切なしでした。塗り薬もなし、消毒のみ。シンプルでよいです。



    Luberon Menerbes 撮影中のダヴィッド・パッカンとエリック・フェアソン

    いろいろな道の選び方。 職業仕事、進路。

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      アジサイの花。六月上旬 ノルマンディー (近所のホテルのロビーにて)

      よる遅くなり、あまり時間がないのだけれどタイトルについて今、忘れないうちに書き置いておきたいとおもいます。(最近は話すように、話すように、とどことなく圧力が来ます。。ちゃんとかけるかしら。)

      仕事についてまようとき。進路についてプレッシャーをかけられる時。
      なにをしていいかわからないとき。
      学生。若者。大人。再出発。いろいろな岐路で、私たちは道に迷うことがあるかもしれない。
      そんなときの、ヒントになるかもわからない独り言を、並べてみたいとおもいます。


      ☆どんな仕事をしたいか、という質問はしない。

      一昔前の学校の先生は生徒に、将来何になりたいか、という聞き方をしてきました。私が今思うに、これは、不思議な質問です。

      聞かれた生徒は、いったいどれだけの選択肢があるのか具体的にわかりません。限られた仕事の、表面的な部分のイメージをもっているにしかすぎない。先生の方も限りなく経験が少ない。先生になるために大学をでて、出身校でスタートして、そしてデビューした先生は、ずっと教師でいる。そういう先生が多い。

      「もし」他の職種を選んでいたらどうなるか、仕事だけではなく人生全体がどうなるか、家族との接点がどうなるか、自分の私生活は、リズムは、さらには自分の考え方や性格や意識、物腰そのものがどうなっていたか、想像もできないのでは。
      限られた世界を、限られた認識を常識と想い、その軌道にのり、またのせる役割を一生懸命果たしているに過ぎない先生も多いかもしれない。


      多少大雑把だけれど、だいたい基本的にはそんな環境のなかで進路を決めるようにといわれ、まだ決まっていないことに焦る生徒。 そして、決めてしまう。決めてしまった方が、なんとなくすっきりする。迷う事をやめてしまうほうが休息が来る。
      そうして大学をきめ、就職をしてしまう。真っ直ぐあるいている方が、いい気持ちだ。人に認められもする。どんどん昇格もする。お給料も上がる。結婚したり、家庭ができ、その仕事を続ける事が必然になる。根底では迷いがあっても、聞いてみれば皆そんなもの。なにがいいかなんて、いまさら考える方がおかしいとおもう。若い者にも自分が受け取ってきた範囲のもののみしか忠告できない。長い一生の後ではそれが世界の全てだ、この世界はこんなものだと錯覚もする。自分の生活のために働いているのだと、思う。食べてゆくことは、そんなに甘くないと。

      これが、20世紀の私たちの世代の多くが歩いてきた道の多くの例であり、大多数のそういう人々がいい意味でも悪い意味でも、いまこの世界の事象を生んでいる。

      でも、これからは違う。


      ☆この世の中の新しい世界を作り出す一人の力はおおきい。
      そんなに簡単にきめなさんな。
      定番の職業の中になりたいものがなければ、幸いとも。

      、、、、こんな声が聞こえてくるよう。年老いた、そうおばあちゃんのような声。


      はじめは広い世界を知るための費用を、しっかり稼ぐつもりで働くいい。
      あちこちで学んで、働いてみてもいい。
      腰をおちつける場所をさがしなさるな。安定のためにつまらない小さな器におさまりなさるな。
      ルーティーンの中で、無感覚になりぼんやりぼけてしまいなさるな。
      歯車が廻るように惰性で生きる、それでも一応人に一人前といってもらえる、そういう楽な道を選びなさるな。
      肉体的にいくら休んでもいい。霊的には一日もなまけものになりなさるな。
      同じ事を毎日するにも、意識して新しく、感じながら、ルーティーンではなく生きることが、生きるということだよと。

      永遠に切り開き続けてほしい。
      それ自体が、人間としての仕事。だと。

               ☆

      仕事というものは、一日8時間として、なんと一日の三分の一の時間。人生の三分の一の時間だ。ほかに、寝る時間が三分の一。
      寝る時間を引くと、起きている時間の半分の時間、あるいはそれ以上、が仕事。

      人生の時間の、半分か、それ以上。
      家族や、恋人や、夫婦や、子供たちよりも多くの時間を過ごすのが仕事だとしたら。
      その時間を、どんな風に生きたいか。過ごしたいか。
      どんな人と共に、あるいはどんな人に出会いながら、どんな事を感じたり意識しながら、その人生のアルバムの半分を作り上げてゆこうか。
      そう考えてはみれないだろうか?それでは、いけないかしら?

      人生の中では、いろいろな事が起こる。幸せなことも、とても悲しいことも、絶望的なことも。
      打ちのめされるようなことも。楽なときもあれば、辛いときもある。

      一人の時間がないとだめな人もいれば、沢山の人と共に仕事することをこのむ人も居る。
      にぎやかさが必要であったり、静寂が必要であったり。またそれぞれすべてが必要で、すべてのものに、時があるともいえる。

      せっせとはたらくとき。休む時。なにもかんがえないでいるほうがいいとき。沢山考えるといいとき。健康な時。病の時。回復の時。転換の時。子供の時。成人の時。夫や妻としているとき。母や父としていきるとき。一人の人間で在る時。

      いろいろなことができる者にとって。一人で、つらいときにもできること。
      人生を歩く杖にもなる仕事はいいなとおもう。
      辛い時期に、支えてくれるようなものがあるといい。
      さいごまであそべるような。支えあえるような。

                     ☆

      私が先生だったら、こんな風に聞くかもしれない。

      「どんな人達とどんな時間を共有しながら、どんなことを世界にのこしながら、
      どんなふうに人生の半分を過ごしたいか?」

      それにふさわしい仕事の形態を、その次に一緒に考えられるような、そんな先生は、これからの子供をガイドするにふさわしいのだろう。

      こんな質問を互いに投げかけながら。
      「自分はどうして生まれてきたような気がする?」
      そんな質問は考えてみた事もないと笑う大人は、すでに時代を引退しているかもしれない。
      どうして生まれてきたのか、なんとなくつかめているものは、それ自体で大きな達成であると忘れずにいたい。考えることができるものは、残りの時間をできる限りその事に沿いながら過ごそうではありませんか、、!



      バラ 六月上旬 ノルマンディー (トゥルーヴィル シュル メール)


      ところで、ヨガのグルーは、職種など三次元的な話の相談は取り合ってくれない。
      霊的な成長の為に三次元的な環境があり、とりあえずそのために必要な分は、必要であれば、必要なだけが入ってくる。それでよい。それいじょうは、むしろ、妨げとすらなる。成長の段階では。
                         ☆

      では精神的な道を歩く時にはなんでも仕事にできるかと言えばそうではなく、実はもっと別の次元の制約があり、できる仕事は実際はさらに少なくなる。生きる世の中によっては。そしてそのことが、世界を容易に変えてくれる。本当の豊かさをもってくる。


      霊的に成長してくると、そうでない自己中心的な欲や渇望からのエネルギーの流れや、そういう波動に構成された環境にはどうしてもおりあわない。できない。うっかりのこのこ入り込むと、どうも具合が悪く、事が進まない。かち合い、なぜかなにひとつ成就できない。
      やがて、出会った事のないCEOの個性もエネルギーも波動も、手に取るように解ってくる。すでにある種の事を知ってしまったものにとって、ちょっと物質的にいい暮らしをしたいかも、、、となにも見えないふりして続けると、しっぺがえしが派手にきたりして、道化を演じる始末にも。三次元世界での恥さらしで退散ともなりかねない。でも霊的にはせいせいしている。
      人は、職業を変えると、オーラが変わる。職業だけではなく、どこにすむか、誰とともにいるか、なにをしているか、すべて、自分の細胞、電子、つまりは精神、宇宙のレベルまで響いている。


      就職活動をするときには、逆に質問してみよう。
      ところで、(代表)○○さんは、なぜここを始めたのですか?どんな夢をもって。一番大切なことは、なんでしょうか、と。
      それが心を打たなければ、お断りしたほうがいい。その心が、これから浸かりかかわり合うエネルギーの元の質だ。

      たった一人の人間や、企業や、コミュニティーや、権力や富を追求しているもの。あるいは、自然のバランスをくずし破壊して平気でいる企業を助ける一人としてなりたつ職業。そういう自己中心的なエネルギーの流れの中に身を投じ、自分の高収入のためだけに自分のエネルギーを注いて加担しようとするとき、私たちは霊的に見えない大きな代価を払っています。
      音もなく、形もなく。自分だけが、漠然と分かります。あるいは、わからなくなっているかもしれません。 見えない自分自身の手にがつんとたたかれて、解るときもあります。はい、ごめんなさい、とやめることになります。
      それはいい方で、そのまま続けると、しらないところで、その利益やエネルギーの流れの行く末によって、その罪を共に背中に背負うので、いつのまにか背負い込んだもので重たくなってきます。これは、体にではなく、魂に背負い込んでいるのでこれからもずっと歩くことに。
      ある種の人は、人を一目見て、なんとなくそれを感じます。。。
       昔、ある企業が、利益の背後でさらに事業をして大きな利益をもうけていました。それは、ある国のある島を買い取って、その島の人々をうまくだまして新しいリゾートの街をつくり、島の自然を壊し、島の人々の暮らしを歯車にのせ、自由や時をうばい、多くの利益をだしていました。この会社と、利益を出している方の会社の名前は違います。国も違えば、税金ものがれるかもしれません。霊的に豊かな鋭い感性をもっていると、これを感じ取ります。なぜか同志のはずが、自分が理想として向かう方向性と逆方向に引っ張られる力を感じるのです。互いに消耗します。

      ところで、霊的に気づきも成長もなければそれを感じずにすみます。いわゆる無知は、背負うものもありません。深く考えず意識せず、まあまあ♪楽に♪と、成長しないで生きる方が、選択肢も広く、楽なのです♪
      、、、、といいたいのではありません。大多数のそんな人々からできた社会が、現状を生み出しています。

      そういう時代は、もうおしまい。
      ラジオの周波が変わるように、地球の周波がかわるのか、それが逆になってきています。
      いま、楽に生きてきた人が苦しく、苦しくも誠実に生きてきた人が、解き放たれているように感じます。

      時代はそろそろ、いえ、以前から、後に生まれてきたものが先に生まれた者の気付きを助けるようにできている。

      、、、だとすれば、この記事も子供達には無用ですね。未来の考え方としては、あまりにも基本的です!
      あたらしい子供達は、論理的に解釈する必要もなく、すでに感性に持ち合わせて生まれてくる事でしょう。
      そういう子供が、一人でも多く存在する事を祈っています。
      そういう子供たちを、つまらない大人がつぶさないことを祈っています。

      「なにかについて意識して話そうとするとき、すでにそのものから離れてしまう。」

      笑っても、泣いても、悩んでも、けんかしても、はなしあっても、討論しても、のんびりしても、あそんでも、なにをしても、どんな風にすごしてもいい。
      霊的に豊かな一日をすごしていたいものです。。
      感じた事を、大切に。忘れずにいられますように。

      メイクアップ アーティストにインタビュー(パリ)- Interview to the make up artist in Paris-

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        先日、セーヌ川畔のとある怪しい場所で、おもしろい人々にあってきました。
        舞台裏、控え室でいろいろなショーのアーティストとお話をして過ごした後で、ふと、三人の子供をもち(三人目の子はお腹に!)パリでメイクアップアーティストとして活躍するすてきな女性、サンドリーンにお願いして、インタビューをしてきました☆

        仕事中のサンドリーン

        この晩の会場はパリでも知る人ぞ知る古い建物で冷蔵庫と呼ばれいて、なんでも昔の貨物の冷蔵庫としてつかわれていた建物だそうです(精肉とか、、)。13区のセーヌ河畔にあります。外観をみただけで異質な雰囲気でまるでお化け屋敷、でももともとはちょっと雰囲気のある建物だったのだろうか、ともおもえます。そんなだれも住んでいなそうな、落書きだらけのがらんとした殺風景な建物の最上階に、一人のイタリア人が豪華絢爛の内装をこしらえて別世界の空間を作り、プライベートスペースに。この日はパリの某不動産会社が優雅に打ち上げパーティーに。

        友人のパトリスは、エクストラバガンス ロワイヤルのショーのクリエーター。この日、ここでのショーを主催者からエンゲージメントされ、主要メンバーを率いてきました。エリもエンゲージメントされているので、舞台裏に参上。久しぶりにパトリス(ジヴェルニー庭園つながり)に会いいろいろお話をしました。まじめで、とても誠実で繊細な人。長い間シングルとは、信じられません。

        さて、この日は仲間たちと楽しい時間をすごして、仕事のお話をして、日本のお話もして、ちょっと写真をとってそのまま帰ってくる、という筋書きだったのですが、ふと思い立って、エクストラバガンスロワイヤルお抱えのマキユーズ(仏語でメイクアップ アーチストのこと)、サンドリーン(Sandrine)に、インタビューをお願いしてみました。私の直感なのだけれど、いま日本ではいろいろな事があって、辛いニュースが多いの。若い世代も沢山いて、これからしばらく大変。いろいろな事をのりこえて元気にがんばっているあなたにぜひインタビューしたい、そしてこんな仕事もあるって紹介させてもらいたいの、とお願いしたら、快く応じて下さいました。

        私; さてさて、サンドリーン。あなたのお仕事は、、フランス語でマキユーズ、ね、でいいのかしら?
        Sandrine;そう。マキユーズ、よ。笑

        私;まず、きかせてほしいの。サンドリーンは、どうしてマキユーズになったのかしら?
        Sandrine; そうね、、人に会うためにかしら。こして仕事をしながら人と話して、なにかサポートしてあげることや、喜びや楽しみを与えてあげることがすきなの。仕事を通していろいろな人にあって、そしてケアしたり、仕事を内面的にもサポートしてあげたい、、って。

        私;なるほど、、、 じゃあ、特別メイクが好きだからっていうわけではなかったの?
        Sandrine; そうじゃないの。メイクがとても好きだった、というわけではないのよ。メイクという仕事が、一番効果的なかたちで、私の好きなことを仕事にしてくれるからなの。はじめは、エステティックの学校を出たのよ。お店でするエステの仕事もいいけれど、私はもっと、こういう(といって仲間のことを示し)繋がりを求めていたから、、。

        私;なるほど。それで、転向。メイクの学校へ行ったの?
        Sandrine; そう、マキアージュ(お化粧)は、パリのアトリエ インターナショナルへ一年通ったわ。

        私;パトリスのエクストラバガンスロワイヤルでは、何年ぐらい一緒に仕事をしたの?
        Sandrine;七年よ。パトリスにあってね。とても暖かくて、誠実で、いい人だとおもった。その人の仲間たちもとてもいい仲間たちで、家族みたいでしょう?昔は頻繁に仕事があって顔を合わせていて、それはそれは楽しかった。いまでは一年に一度二度くらいしか会えなくなったけれど、でも会えばいつものように、まるで昨日も一緒だったように、家族のようにここにいるの。大丈夫か、どうしているかって、話したり、連絡取り合ったり。とてもすてきな仲間よ。

        サンドリーヌのお化粧道具。(エリのお化粧の番)

        私;すてきね。いい仕事ね。
        Sandrine; そう。独身だった私にはいまでは二人の子供がいて。え?6歳の男の子と、4歳の女の子よ。いまは三人目がお腹にいて。お互いのいろいろな話をしたり、昔とかわらないだじゃれをいってメイクをしたり、お弁当を食べたり。それで、じゃあ、また次回ねって。次回が決まっていないことも最近は多いのだけれどね。また会えばこんな感じ。(笑)

        私;(笑)ここ以外での仕事はどんなことをしているの?
        Sandirne; テレビのメイクよ。チャンネルFrance 2 で、Tele Matinという番組のキャスト二人にメイクしているの、それももう12年よ!

        私;すごい。なんでもしりあえちゃうね。でも、パリのテレビ局へいくのでしょう?子供がいて、大変じゃない?パリ市内に住んでいるの?
        Sandirine; 私はすこし郊外なの。でも収録は12時半で、ひと月に5、6日くらいなのよ。あとは、イラスト紙や雑誌の仕事をちょこちょこしているの。

        私;いいわね。子供ができたり、出産があったり、いろいろなことがある人生のなかで、自分で仕事を増やしたり減らしたり調整しながら、こうして続けてゆけてしかも家族的な仲間たちもできるって、いいわね。
        Sandrine; とてもいい仕事だとおもっているわ。なかでもパトリスのこの仲間はとてもあったかくてね。なかなかあえないけれど、それでもね、大きな存在よ。

        私たちはこの控え室で、仲間たちが準備にいそしむ様子を見回しました。彼女はとりわけあたたかな目で仲間を見回していました。きっと皆の活躍ばかりではなく、等身大のストーリーを知っているのでしょう。さり気ない会話のなかで、何度か彼女はわずかに目を光らせ、わかるでしょう、というようにうなづきあいました。
        パトリスは、皆が脱いでいった衣装をとても大切そうにあつかって、点検しながら、箱にしまうのでした。きっと彼がここへもってきて、点検をしながら衣装掛けにかけて準備もしたのでしょう。
        ある衣装に、耳のところにボタン穴のような穴があいているのを私がみつけました。するとパトリスは、「これね、あけたんだよ。彼は耳の手術をしたとき、その前にとても聴力が落ちてしまって、衣装をきるとほとんどなにも聞こえなくなってしまったんだ。だから、こうして穴をあけてね、きこえるようにね、かがってあげたの。あれはもう6年前だねぇ。」そんな会話がありました。

        実は、わたしはインタビューをする前から、彼女の言葉をその仕事ぶりから感じていました。上の写真の女性にメイクをしながら、踊り子としての彼女の生活の話を聞いていて、(たぶんほかの踊り子たちを知っているのでしょう)ああしているひともいるよ、こうしていたひともいたかな、と、舞台だけではなくて、生活の知恵や応援もしているのでした。もちろん、ボーイフレンド選びの悩みもきいているのでしょう。

        彼女以外の誰もが表のパーティーへ出てスポットライトを浴びてくるのですが、皆を送り出して、ときには衣装を着るのを手伝って、徹底的に控え室にいるのです。出ていっては休息に戻るメンバーたちの言葉の聞き役にもなり、あたかも飛んでいっては帰ってくる鳥たちの止まり木のようにそこにいるのでした。
        ときには控え室に、だれもいなくなるときもありました。それでも、ちっともパーティーを覗きにゆきたそうでもなく、気になるというふうでもなく、とても満足げにそこにいるのでした。ここが彼女のステージなのでしょうね。

        私;ありがとう、Sandrine... とてもよいお話をきかせていただいたわ。
        Sandrine; どういたしまして、歓迎よ。それで、日本の人にむけて記事にするのでしょう?ぜひ、私からの精いっぱいのこころからの応援の気持ちを、、伝えてください。テレビていつも見ていると、なんといっていいのか、本当に言葉にもならないのだけれど、、、!一日でもはやく、すこしでも状況がよくなりますように。そして若い皆の将来を、応援しています。


        パトリス(右)とサンドリーン

        ありがとうサンドリーン!(Merci Beaucoup, Sandrine! )

        Extravagance Royal エクストラバガンス ロワイヤル ←クリックするとホームページへ

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